戴国の麒麟が実るはずだった蓬山の捨身木から卵果が蝕で消え、十年後、日本で高里要として育った少年が発見される。蓬山へ連れ戻された彼は「泰麒」と呼ばれるが、自分が麒麟だという実感を持てない。普通の日本人として育ったため、麒麟が自然に身につける転変、人の姿から獣の姿へ戻る術も、妖魔を使令として下す折伏もできない。女怪の白汕子や蓉可は彼を慈しむが、その期待は泰麒に「自分は偽物ではないか」という不安を抱かせる。
王を求める昇山者が蓬山へ集まり、泰麒は天意の感覚によって唯一の王を選ばなければならない。李斎をはじめ立派な人物たちに会っても決定的な啓示はない。なかでも将軍・驍宗は、知略と武勇、人望を兼ね備えた圧倒的な人物だが、幼い泰麒には怖ろしく見える。驍宗自身も王に選ばれる確信を見せず、天命がなければ軍人として国に尽くすだけだと語る。泰麒は、周囲が望む有力者を選ぶことと、自分にしか分からない天意を見極めることの間で追い詰められる。
そこへ、麒麟すら恐れる饕餮が現れる。泰麒は白汕子たちを守りたい一心で初めて麒麟の本性へ転変し、相手を滅ぼす代わりに自分の使令となるよう迫る。饕餮は傲濫の名を与えられ、泰麒に降る。この成功によって、泰麒は蓬莱育ちでも間違いなく麒麟であり、力は他者の型をなぞるのでなく守る決意から現れることが示される。
それでも驍宗への恐怖を「王気ではない」と誤解した泰麒は、彼を選ばないまま見送ろうとする。ところが別れの場で、泰麒の身体は意志に先んじて驍宗の前に跪く。麒麟は王以外には決して叩頭できない。泰麒が怖れた激しさこそ、天が示した王の気配だったのである。泰麒は去ろうとする驍宗を追い、正式に誓約を交わす。驍宗は泰王となり、泰麒は自分の判断を信じる最初の一歩を踏み出す。
表面上は幼い麒麟の成長譚だが、後続作を知ると幸福な結末は痛切な序章に変わる。泰麒が下した正しい選択は、驍宗即位半年後の阿選の謀反によって破壊される。泰麒は角と記憶を失って再び日本へ流され、『魔性の子』の高里要となる。驍宗を選ぶ場面で示した「恐怖の中でも自分だけが知る真実を選ぶ」という力は、『白銀の墟 玄の月』で、偽王の宮廷へ単身戻り真王を救う行動へつながる。
蓬莱で育った泰麒は、十二国の常識を知らないため周囲の言葉を文字どおり受け取り、失敗をすべて自分の欠陥と思う。女仙たちは優しいが、麒麟なら自然にできるはずだという前提そのものが泰麒を追い詰める。そこで先輩の麒麟が、転変や折伏には個体差があり、型どおりでなくてもよいと示す。泰麒が必要としていたのは技術の正解だけでなく、「できない自分も麒麟である」と認められる環境だった。
黒麒麟という稀少性も、周囲には瑞兆や強大な力として映るが、本人には新たな期待の重荷となる。饕餮を折伏する場面は万能性の証明ではない。泰麒は戦いたいのではなく、誰かを守るため逃げられない状況に置かれ、相手を殺さず関係を結ぶ麒麟本来の力を発揮する。傲濫は以後最大の守護者になるが、その巨大な力は、主人との連絡が絶たれる『魔性の子』では惨劇の原因にもなる。成功が後の危険まで孕む構成である。
王選びについて本作が否定するのは、能力試験としての発想である。李斎も驍宗も優れた人物であり、人間の目で点数をつければ複数の正解がある。しかし天命は政策や人格の比較ではなく、麒麟の身体にだけ示される唯一の関係である。だからこそ泰麒は、周囲の評判にも自分の好悪にも逃げず、理解できない感覚を引き受けなければならない。驍宗が泰麒へ選定を迫らず、選ばれなければ別の役割を果たすと退く姿勢も、結果的に王の器を示す。
結末の誓約は、幼い泰麒が突然完成する場面ではない。彼は最後まで驍宗を怖れ、王を選ぶ責任の全容も知らない。それでも、自分の身体が示した真実を否定せず、去る相手を自分の足で追う。受動的に日本から連れ戻された少年が、初めて自ら帰属を選ぶ瞬間である。後の泰麒がどれほど傷ついても驍宗を王と信じ続ける根は、この時の選択にある。
李斎の存在は、泰麒が「立派な人」と「自分の王」を区別するために欠かせない。李斎も王候補として昇山し、勇気、思いやり、実務能力を備え、泰麒へ温かく接する。泰麒が個人的な好意だけで選べるなら、李斎は十分にふさわしく見える。だが麒麟の選定は好きな人物への褒賞ではない。李斎自身も驍宗の器を認め、選ばれなかったことを恨まず、後には王と麒麟のため命を懸ける。選ばれない者の尊厳を描くことで、天命を人格の優劣と誤解する読みを防いでいる。
作品の「迷宮」は蓬山の地理だけでなく、泰麒が他人の期待、蓬莱の常識、十二国の常識、自分の感覚の間で出口を失う状態を指す。答えは知識を増やすだけでは見つからず、最後には保証のない感覚を信じて一歩を選ぶしかない。その決断が正しかったにもかかわらず、後に戴が破局することは、正しい選択が幸福な結果を保証しないというシリーズの厳しさを示す。それでも選択の価値は消えず、泰麒と驍宗が互いを見失わない根拠として残る。